取材日:2014/12/10(水)
この日の4基目は極楽寺池でした。その名のとおり貯水池上流には極楽寺という和銅年間に開かれたという由緒正しいお寺があります。
下流より堤体下流面と導流部を見る
下流からもしっかりと見学することができて、それほど観光地化されているわけではないのに謎のアピール力を感じます。型式はご覧のとおりアースダムになります。
減勢工を見る
独特な減勢工です。奥(上流側)がインパクトブロックで手前(下流側)がエンドシルですね。左に見える排水管はドレーンからのものでしょう。
堤体下流面
下流面は特筆すべき点もないアースダムですが、天端から昇降できる階段が写真右手の左岸側にもともと設置されていたようです。
改築記念碑
ダム便覧によればもともとの極楽寺池の竣工は昭和18年(1943)ですが、岡山県営土地改良事業ため池等整備事業の一環として、昭和60年(1985)4月より堤体の改修工事が着工し、平成2年(1990)3月に竣工しています。この記念碑はその改築を記念して建てられたものです。
しかしこの極楽寺池は終戦直後の昭和20年(1945)9月17日の枕崎台風によって堤体が決壊し、死者46名、20棟の家屋が損壊するなどの被害が発生しています。さらに前述の改修工事の折には昭和62年(1987)7月に漏水事故も起きています。この漏水事故は改修直後だったとのことで、本来であれば改修工事は2年ほどで終わる予定だったようです。
右岸より堤体下流面を見る
そんな悲劇があったとは思えない現況です。
右岸より天端を見る
天端は自動車の通行が禁じられていませんが、この先で行き止まりなので進まない方が身のためです(笑)
天端より貯水池を見る
それほど広くない貯水池で上流端がすぐに見えます。奥に見えるのが極楽寺のある辺りです。門前には昭和20年の決壊によって犠牲になった方々を弔うための慰霊碑が設置されています。当時は地獄になってしまったかと思うと言葉もありません。
写真右には斜樋式の取水設備がちらりと見えています。
余水吐を見る
余水吐はフィルダムによくあるタイプの側水路式。
余水吐を下流方向に見る
導流部が下流方向へやや水平に流れ、その先でスロープになっているのがまた独特ですね。こうすることで減勢の役割を持たせているのだと思います。
天端より下流を見る
写真左にその導流部がやや水平になっているが見えるでしょうか。
左岸より天端を見る
アースダムらしいシンプルな天端です。
左岸より堤体上流面を見る
堤体上流面の法面保護工はコンクリートブロック張になっています。
右岸より堤体上流面を見る
終戦直後の混乱した時期に枕崎台風により決壊という悲劇があったアースダムですが、それでも改修工事がなされ、鏡野町小田地区の105.5haという農地を潤すため、今もなお大切に利用されている極楽寺池でした。
極楽寺池諸元
ダム便覧上では堤高17.7m、堤頂長72.6m、総貯水容量121,000㎥となっていますが、ここでは岡山県のため池データベースを元に記載しています。
所在地 | 岡山県苫田郡鏡野町上森原 |
河川名 | 吉井川水系上森川 |
目的 | A(かんがい用水) |
型式 | E(アースダム) |
堤高 | 18.5m ※ |
堤頂長 | 70m ※ |
堤体積 | 36,000㎥ |
流域面積 | 1.9km2 |
湛水面積 | 2ha |
総貯水容量 | 181,000㎥ ※ |
有効貯水容量 | 121,000㎥ |
ダム事業者 | 上森原地区 |
本体施工者 | ダム事業者直営 |
着手年 | ― 年 |
竣工年 | 1943年 |
ダム湖名 | ― |
その他の設備/所感
駐車場 | × |
トイレ | × |
公園 | × |
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釣り | × |
展望台 | × |
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