取材日:2013/8/16(金)
藤古川ダムは天下分け目の関ヶ原の戦いで有名な岐阜県は関ヶ原町にあります。それも開戦地にほど近く、周囲は宇喜多秀家や大谷吉継、小西行長、島津義弘といった名だたる武将たちの陣跡が点在するといったロケーションです。お盆休み、妻の実家に帰省した時に訪問しました。
藤古川ダムへの道
自動車でダムの近くまで行くなら左岸側からアプローチしますが、え?ここ!?という道(左側)に入る必要があります。右岸側からもアプローチできますが、車を停めるスペースが無さそうなのと、かなり草が生い茂っていたので、やめておいたほうが無難だと思います。
左岸、天端へのアプローチ
狭い未舗装の道沿いに車を走らせると下の写真の場所に出ますので、邪魔にならない場所に駐車して徒歩で移動します。大谷吉継の墓もこの先にあるようですが、地図を見ると藤古川ダムを越えた先にあるようです。
藤古川ダムは関ヶ原町の重要な水源ダムで、奥に見えるのが町立の藤古川浄水場です。重要な水道施設ですので当然立入禁止です。
完工記念碑
藤古川ダムと上水道施設の完工を記念した石碑が道路を挟んだ場所に設置されていました。
天端へのアプローチ
天端に向かう途中に看板が設置されています。
藤古川ダム
現地看板より
関ヶ原町の水道は、川水を利用した上水道です。夏に水不足になやまされないように、ダムをつくって水をためています。この藤古川ダムは、昭和三十八年につくられました。えんていの高さ16m、長さ78m、貯水量は125000㎥です。
関ヶ原町
左岸より天端を見る
日差しの強い真夏ですが、木々が生い茂って影をつくり、貯水池も満々と水を湛えているためか、そこまで暑くは感じないのが不思議です。
天端はゲート付近が高くなっている構造になっています。
天端より取水塔を見る
浄水場に送水される取水塔です。藤古川は伊吹山南側に水源があり、藤古川ダムを経由したあとは牧田川・杭瀬川に合流して揖斐川に合流します。
高くなっている部分の天端
ゲートレスのダムのため巻き上げ機の類はありません。真ん中にコンクリートの蓋のようなものがされていますが、もしかしたら点検や補修時などはここをこじ開けて、角落しをここから嵌めるのかもしれません。
天端より下流を見る
残念ながら下流側から堤体を見ることは出来ません。稀に下流から撮られた藤古川ダムの写真を見ることがありますが、無理はしないのがぼくのダム見学のスタンスです。
天端より貯水池を見る
貯水池はそれほど大きくありません。
天端の一番高いところから右岸側を見る
対岸は草が生い茂ってこの先に道があるのかすらパッと見では判断つかないぐらいです。
右岸
何とか通れそうですが鬱蒼と茂ったジャングルのようになっているのと、蜘蛛の巣が張り巡らされていたのでやめておきました😓 無理はしないのが(ry
右岸より堤体下流面…を見る
それでも何とか下流面を見るポイントがないか探して、フェンスの上から腕を伸ばしてみますが、残念ながらこれが精一杯でした。
右岸より堤体上流面…を見る
上流面も同様です。ほとんど観ることはできません。
右岸より天端を見る
ほぼシンメトリになっているのか、天端上は左岸から見ても右岸から見ても似たような雰囲気です。
天端より洪水吐を見る
さらさらと水が流れていますが、導流部がほぼ垂直になっているのが興味深いです。
藤古川ダム越流動画
ほぼ撮って出しのような動画ですが越流の模様を動画に収めてみました。
町の重要な水源ダムとして大切に使われている藤古川ダムでした。
藤古川ダム諸元
所在地 | 岐阜県不破郡関ケ原町大字関ケ原 |
河川名 | 木曽川水系藤古川 |
目的 | W(上水道用水) |
型式 | G(重力式コンクリートダム) |
堤高 | 16m |
堤頂長 | 78m |
堤体積 | 8,000㎥ |
流域面積 | km2 |
湛水面積 | ha |
総貯水容量 | 125,000㎥ |
有効貯水容量 | 125,000㎥ |
ダム事業者 | 岐阜県 |
本体施工者 | 大日本土木 |
着手年 | ― 年 |
竣工年 | 1963年 |
ダム湖名 | ― |
その他の設備/所感
駐車場 | × |
トイレ | × |
公園 | × |
PR展示館 | × |
釣り | × |
コメント